【水戸市】なぎさと歩く 水戸藩ものがたり⑤|水戸黄門と斉昭、ふたりを祀る常磐神社へ(最終回)
観光・レジャー 📍 水戸市 📅 2026年6月30日 00:58

【水戸市】なぎさと歩く 水戸藩ものがたり⑤|水戸黄門と斉昭、ふたりを祀る常磐神社へ(最終回)

「なぎさと歩く 水戸藩ものがたり」は、水戸の海とアウトドアが大好きななぎさが、郷土史にくわしいミトじいさんに教わりながら、水戸藩の歴史の舞台を1か所ずつ歩いてきた連載です。いよいよ最終回。舞台は偕楽園のすぐ隣、常磐神社(ときわじんじゃ)と、水戸徳川家の宝を伝える徳川ミュージアムです。

ここまで主役だった九代藩主・徳川斉昭。そして第1回から名前だけ登場していた「水戸黄門」こと二代藩主・徳川光圀。連載の締めくくりは、このふたりの殿様に会いに行きます。歩いてきた5か所が、どう一本の線でつながっていたのか——最後に答え合わせをしましょう。

最終回は「ふたりの殿様」に会いに

なぎさ ミトじいさん、いよいよ最終回ですね……! ちょっとさみしいです。今日はどこへ?
ミトじいさん 偕楽園のすぐ隣、常磐神社だ。ここにはな、この連載でずっと主役だった斉昭公と、第1回でちらっと名前が出た「水戸黄門」——徳川光圀公が、ふたりそろって祀られているんだよ。
なぎさ あっ、水戸黄門さま! 名前は何度も出てきたのに、まだちゃんと会えてなかった人ですね。最終回でやっと主役登場だ!
ミトじいさん そういうことだ。水戸藩を語るうえで外せないふたりの殿様に会いに行こう。この連載の答え合わせにもなるぞ。

常磐神社|光圀と斉昭、ふたりを祀る神社

なぎさ 常磐神社って、いつからあるんですか? お城や偕楽園みたいに、江戸時代から?
ミトじいさん いや、これは新しい——といっても明治のはじめだ。光圀公と斉昭公を慕う水戸の人々が、偕楽園のなかに祠(ほこら)を建てたのが始まりでな。明治6年(1873年)に「常磐神社」という社号を賜り、明治7年(1874年)に今の場所に社殿が建てられた。
なぎさ 領民に開かれた偕楽園のとなりに、その偕楽園を作った殿様を祀る神社が……なんだか、ちゃんとつながってますね。
ミトじいさん いいところに気づいた。祭神はふたり。光圀公は「高譲味道根命(たかゆずるうましみちねのみこと)」、斉昭公は「押健男国之御楯命(おしたけおくにのみたてのみこと)」という御神号で祀られている。世間では光圀公を「義公(ぎこう)」、斉昭公を「烈公(れっこう)」と呼ぶ。境内にある「義烈館」って名前は、このふたりの呼び名から取られているんだよ。

水戸黄門ってどんな人?|諸国漫遊はホント?

なぎさ ところでミトじいさん、水戸黄門さまって、テレビでよく全国を旅して「ひかえおろう!」ってやってますよね。あれ、本当にあった話なんですか?
ミトじいさん はは、よくぞ聞いてくれた。これがな、おもしれー話なんだ。あの諸国漫遊——日本中を旅して悪をこらしめる物語は、じつは後の世に作られたお話でな。本物の光圀公は、日光や鎌倉、房総あたりには行っているが、関東からほとんど出た記録がないんだよ。
なぎさ ええっ、全国を旅してなかったんですか!? ちょっとイメージが……。
ミトじいさん だがな、旅はしていなくても、光圀公がやったことはとてつもなく大きい。日本の歴史を一から書き起こす『大日本史』の編さんを始めたんだ。明暦3年(1657年)に史局を開き、のちに「彰考館(しょうこうかん)」と名づけて、二百数十年続く大事業にした。第1回で話した「水戸学」は、ここから生まれた。つまり光圀公は、刀じゃなく“筆”で水戸の名を歴史に刻んだ人なんだよ。
なぎさ 旅する正義の味方より、もっとすごいことをしてたんですね……! 見方が変わりました。

義烈館と徳川ミュージアム|水戸藩の宝を伝える

なぎさ さっき言ってた「義烈館」って、何が見られるんですか?
ミトじいさん 常磐神社の境内にある資料館でな、昭和32年(1957年)に開いた。義公・烈公——光圀公と斉昭公——の遺品や、水戸学にまつわる資料が展示されている。ふたりの殿様を、モノを通して身近に感じられる場所だ。
なぎさ 神社にお参りして、義烈館で実物を見る……いい流れですね。
ミトじいさん もうひとつ、水戸藩の宝をじっくり見たいなら、少し離れた「徳川ミュージアム」もある。水戸徳川家の13代当主が、伝来の大名道具や古文書を寄贈して開いた博物館でな、徳川家康公をはじめ歴代藩主の什宝が約3万点。しかも、彰考館に伝わった『大日本史』の草稿本や、編さんのために全国から集めた古文書まである。第1回の弘道館で芽生えた“学びの水戸”の、いちばん奥の引き出しを見るような場所だな。

「水戸藩ものがたり」をふり返って

なぎさ こうして見ると、5回ぜんぶがつながってたんですね。
ミトじいさん そうだろう。ざっとふり返ろうか。まず光圀公が『大日本史』を始めて、水戸に“学びの土壌”を作った。それを受け継いだ斉昭公が、弘道館で学びの場を、偕楽園で憩いの場を整え、那珂湊の反射炉で海から国を守ろうとした。そしてふたりは常磐神社に祀られ、その宝は義烈館や徳川ミュージアムに残された。
なぎさ 学び、憩い、守り……ぜんぶ「人をどう育て、どう守るか」の話だったんですね。水戸藩って、ただ古いだけじゃなくて、すごく“考える藩”だったんだ。
ミトじいさん わかってくれたか。水戸の街を歩くと、駅前の坂道も、梅の庭も、海辺の煙突も、ぜんぶこの物語の続きなんだ。地図の上の点が、線でつながって見えてきたら、もう立派な水戸通だぞ。

アクセス・拝観メモ

常磐神社は水戸市常磐町1-3-1、偕楽園にすぐ隣接しています。JR水戸駅北口からバスで約20分、「偕楽園・常磐神社前」付近で下車。第2回の偕楽園とセットで参拝でき、境内には義烈館があります。もう一館の徳川ミュージアムは水戸市見川1-1215-1。開館は10:00〜17:00(最終入館16:00)、入館料は大人2,500円・子供1,100円です。水戸駅からは少し距離があるので、車・タクシー・バスが便利。拝観時間・料金・休館は変わることがあるので、出かける前に各公式サイトで確認してください。さらにくわしくは、常磐神社ガイド徳川ミュージアムガイドもどうぞ。

おすすめの歩く順番は、第2回の偕楽園常磐神社・義烈館千波湖の散歩。「民と偕に楽しむ庭」と「その殿様を祀る神社」を続けて歩くと、斉昭公の思想がすっと腑に落ちます。水戸徳川家の宝までじっくり見たい日は、徳川ミュージアムを別に組み込むと充実した一日になりますよ。

連載を読んでくれて、ありがとう

なぎさ ミトじいさん、5回ぜんぶ案内してくれてありがとうございました! 水戸の街が、前よりずっと好きになりました。
ミトじいさん こちらこそ楽しかったぞ。なに、水戸藩ものがたりはまだまだ序の口だ。気になったところは、自分の足でまた歩いてみるといい。そのときは、もう案内はいらんだろう。
なぎさ はい! 今度はわたしが、誰かに話したくなっちゃいそうです。読んでくれたみなさんも、ぜひ水戸を歩いてみてくださいね!

「なぎさと歩く 水戸藩ものがたり」全5回、お読みいただきありがとうございました。気になった場所を、ぜひ実際に歩いてみてください。連載の全体像は親記事から、各話は下のリンクからどうぞ。

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この記事を書いたライター

なぎさ
なぎさ 観光・アウトドア担当

大洗の海とひたち海浜公園が好きなライター。浜辺の過ごし方、花の見頃、週末に行きたい景色を、季節の空気ごと届ける。

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