「なぎさと歩く 水戸藩ものがたり」は、水戸の海とアウトドアが大好きななぎさが、郷土史にくわしいミトじいさんに教わりながら、水戸藩の歴史の舞台を1か所ずつ歩く連載です。第4回はぐっと海の近くへ。舞台はひたちなか市の那珂湊反射炉跡(なかみなとはんしゃろあと)。
これまでの弘道館・偕楽園・水戸城は「学び」「憩い」「守り」の城下町の話でした。今回のテーマは、ちょっと物騒に聞こえる「水戸藩が幕末に大砲を作ろうとした理由」。海に面した水戸藩が背負っていた、もうひとつの顔にせまります。
大砲を作る場所?
なぎさ
ミトじいさん、ここがひたちなかの那珂湊ですね! おさかな市場が近いって聞いて、わたしお腹すいちゃって……あれ、今日は市場じゃなくて、この古い煙突みたいなものを見るんですか?
ミトじいさん
はは、食いしん坊だな。あとで市場にも寄ろう。だがその前に、これを見てほしいんだ。これはな、幕末に水戸藩が「大砲」を造ろうとした跡——「反射炉(はんしゃろ)」だよ。
なぎさ
大砲!? お庭や学校の話をしてたのに、いきなり大砲ですか! なんで水戸藩が、こんな海のそばで大砲なんて……?
ミトじいさん
いい問いだ。その「なぜ」にこそ、幕末の水戸藩が背負っていたものが詰まってるんだよ。
なぜ大砲を作ろうとしたのか|斉昭と「海防」
なぎさ
そもそも、どうして大砲が必要だったんですか?
ミトじいさん
幕末になるとな、日本の沿岸に外国の船がたびたび現れるようになった。黒船で有名なペリーが来る前から、海の向こうの脅威はじわじわ迫っていたんだ。水戸藩は太平洋にぐるっと面しているだろう。だから海からの守り——「海防(かいぼう)」——を、どこより強く意識していた。
なぎさ
たしかに、水戸も大洗もひたちなかも、ぜんぶ海沿いですもんね。海が好きなわたしには、その心配、ちょっとわかる気がします。
ミトじいさん
そうだ。第2回・第3回に出てきた九代藩主・徳川斉昭公は、この国防の必要性を人一倍強く感じていてな。「異国船に備えるには、まず大砲がいる。その大砲を、自分たちの手で造ろう」と考えた。弘道館で学問を、偕楽園で憩いを整えた斉昭公が、同じころ「国を守る備え」にも本気で動いていたわけだ。
反射炉とは|鉄を溶かして大砲を鋳造する炉
なぎさ
でも「反射炉」って、聞き慣れない言葉です。ふつうの炉と何が違うんですか?
ミトじいさん
反射炉ってのはな、炎や熱を天井に当てて「反射」させ、その輻射熱で鉄を溶かす炉だ。1200度から1600度って高温を保てる。これだけ熱くしないと、大砲のための鉄は溶けないんだよ。これは当時の日本にはなかった西洋の技術でな、蘭学——オランダから入ってきた学問——を修めた技術者たちが、苦労して造り上げた。水戸藩の反射炉づくりには、のちに日本初の洋式高炉を手がける大島高任(おおしまたかとう)も関わっている。
なぎさ
西洋の最新技術を、本を頼りに自分たちで再現したんですね……すごい根気!
ミトじいさん
しかもここの反射炉は二基あってな。第一炉と第二炉で、使った煉瓦はあわせて4万枚にもなった。その煉瓦からして手づくりの、一大プロジェクトだったんだ。
ここで二十数門の大砲が造られた
ミトじいさん
ああ。着工は安政元年——1854年——で、第一炉が安政2年、第二炉が安政4年に完成した。そしてここで、二十数門もの大砲が鋳造されたんだ。造られた大砲は各地の台場へ据え付けられ、なかには幕府——江戸のお台場——へ献上されたものもある。
なぎさ
水戸で造った大砲が、東京のお台場に! あの「お台場」って、そういう守りの場所だったんですね。
ミトじいさん
そういうことだ。ここはただの史跡じゃない。日本が初めて「自分たちの手で近代兵器を造ろう」ともがいた、その現場のひとつなんだよ。今では茨城県の指定史跡で、国の近代化産業遺産にも認定されている。
天狗党の乱で終わり、そして復元
なぎさ
そんな大事な場所なのに、どうして「跡」なんですか? 建物は残らなかったんですか?
ミトじいさん
残念な結末でな。元治元年——1864年——に「天狗党の乱(てんぐとうのらん)」という、水戸藩を二分する激しい内乱が起きた。その騒乱で反射炉は煙突が大破し、水車場も焼け落ちて、事業はそこで終わってしまったんだ。
なぎさ
外国から守るための大砲を造っていた場所が、内輪の争いで……。なんだか切ないです。
ミトじいさん
幕末の水戸藩は、激しい思想のぶつかり合いで多くを失った。それでも昭和12年——1937年——に、深作貞治という地元の人が私財を投じて、反射炉を実物大で復元してくれた。今わたしたちが見上げているこの姿は、その人の「残したい」という思いの結晶でもあるんだよ。
アクセス・拝観メモ
那珂湊反射炉跡があるのは、ひたちなか市栄町1-10「あづまが丘公園」内。ひたちなか海浜鉄道湊線「那珂湊駅」から徒歩約15分、車なら常磐自動車道・ひたちなかICから約10分です。見学は無料。高台にあるので、復元された反射炉ごしに那珂湊の街と海を見渡せます。最新の公開状況は公式情報で確認してください。さらにくわしい行き方は、那珂湊反射炉跡ガイドもどうぞ。
那珂湊といえば、海鮮でにぎわう「那珂湊おさかな市場」。反射炉で水戸藩の幕末史にふれてから、市場で海の幸を味わう——歴史とグルメをセットにできるのが、この街ならではの楽しみ方です。湊線沿いには大洗や阿字ヶ浦もあるので、海辺の一日にちょうど組み込めます。市場のことは那珂湊おさかな市場 完全ガイドにまとめています。
次回はいよいよ最終回「水戸黄門と斉昭」へ
なぎさ
学んで、休んで、守って……。斉昭さんって、ほんとにいろんな顔があったんですね。なんだか一人の人間として気になってきました。
ミトじいさん
いいところに来たな。次はいよいよ最終回だ。その斉昭公と、第1回でも名前が出た「水戸黄門」こと徳川光圀公——水戸藩を代表するふたりを祀る常磐神社、そして徳川家の宝を今に伝える徳川ミュージアムをたずねて、この連載を締めくくろう。
なぎさ
水戸黄門さま、最後にやっと主役で登場ですね! 楽しみにしてます!
次回・第5回(最終回)は、徳川光圀公(水戸黄門)と徳川斉昭公を祀る「常磐神社」、そして水戸徳川家ゆかりの宝物を伝える「徳川ミュージアム」へ。連載のまとめ回です。(近日公開)
連載の全体像は、親記事「水戸藩の歴史まとめ|弘道館・偕楽園・水戸城から幕末水戸の物語をたどる」からどうぞ。第1回・弘道館「日本一大きな藩校で…」/第2回・偕楽園「「日本三名園」なのに、昔はタダ?」/第3回・水戸城「天守がない城?」もあわせてどうぞ。