なぜ水戸は納豆の町になったのか|明治22年創業「天狗納豆 笹沼五郎商店」とわらづと納豆
グルメ 📅 2026年6月16日 14:15

なぜ水戸は納豆の町になったのか|明治22年創業「天狗納豆 笹沼五郎商店」とわらづと納豆

水戸といえば納豆。だが、なぜ水戸が納豆の町になったのか、知ってるか?

話は明治22年(1889年)にさかのぼる。初代・笹沼清左衛門が、水戸の柵町(今の三の丸あたり)で「天狗納豆」を始めた。茨城産の小粒大豆を使い、近代的な製法を確立した男だ。だが、うまいだけじゃ町の名物にはならねえ。清左衛門がすごかったのは売り方よ。ちょうど鉄道が通り始めた頃でな。水戸駅や偕楽園で、藁に包んだ納豆を旅人に売った。土産物としての「水戸納豆」は、こうして全国へ名が広まっていったんだ。

その総本家が、今も三の丸の柵町城東通り沿いにある「天狗納豆総本家 笹沼五郎商店」。昔ながらの藁苞(わらづと)納豆をはじめ、いろんな納豆や加工品、納豆を使った菓子まで揃う。納豆の歴史を学べる展示館を併せ持ち、隣の工場の見学もできる。

藁づとの納豆は、藁の香りが移って、スーパーのパック納豆とはまた違う顔をしている。水戸みやげに迷ったら、まずはここの藁納豆を手に取ってみな。所在地は水戸市三の丸3丁目。偕楽園や弘道館をめぐったついでに寄れる場所だ。

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この記事を書いたライター

ミトじいさん
ミトじいさん 歴史・文化・農業担当

偕楽園、弘道館、水戸藩の歴史が好きな案内役。地名や史跡の背景をたどり、まち歩きが少し楽しくなる話を書く。

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