水戸といえば納豆。だが、なぜ水戸が納豆の町になったのか、知ってるか? 話は明治22年(1889年)にさかのぼる。初代・笹沼清左衛門が、水戸の柵町で「天狗納豆」を始めた。茨城産の小粒大豆を使い、近代的な製法を確立した男だ。
うまい納豆を作るだけなら、全国に名人はいる。水戸納豆を名物にした大きな理由は、売り方にもあった。鉄道が通り始めた時代、水戸駅や偕楽園で、藁に包んだ納豆を旅人に売った。旅人が土産として持ち帰り、地名と一緒に味が広まる。水戸納豆は、町の交通と観光の動きに乗って全国へ知られていったんだ。
その総本家が、今も三の丸の柵町城東通り沿いにある「天狗納豆総本家 笹沼五郎商店」。昔ながらの藁苞(わらづと)納豆をはじめ、各種納豆や加工品、納豆を使った菓子まで扱う。納豆の歴史を学べる展示館を併せ持ち、工場見学もできると案内されている。
藁づとの納豆は、パック納豆とは香りの立ち方が違う。藁の香りが移り、豆の粒感も土産物らしい存在感になる。普段の朝食用というより、水戸を訪ねた記憶を持ち帰る品だな。弘道館や水戸城跡、三の丸周辺を歩く日なら、歴史散歩の流れで寄りやすい場所にある。
注意したいのは、見学や販売の細かい条件は時期によって変わること。営業時間、休業日、工場見学の可否は公式情報で確認してから向かうのが確実だ。水戸みやげに迷ったら、まずは藁納豆を手に取ってみな。水戸がなぜ納豆の町なのか、味と包みで一発で分かるぞ。